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「超ド級」のドレッドノートは、なぜ指標となり得たのか?

 ちょっと前に、よくあるトリビア
『「大きい」「破格」の意味合いで使われるド級弩級)・超ド級超弩級)の“ド”は、「戦艦ドレッドノート」の“ド”』
が引き合いに出された機会があって、その時の会話に認識のズレと言うか、「ド級」という言葉が先行してしまっているがゆえの勘違いを感じたので、これを機会にちょっと整理しておこうと思います。

その前に、戦艦ドレッドノートとはなにか、を軽くおさらいしておきましょう。
 ドレッドノートはイギリス海軍が1906年に就役させた戦艦で、全長約160m・排水量1万8千tの艦です。
 だいたい同時期(1902年就役)でもド級以前の戦艦である三笠が約130m・1万5千tなので、より大きい艦であることは間違いないのですが、我々が持つド級のイメージからくる“巨大さ”からしたら、そんなに「大きい艦ではない」と思うのではないでしょうか?

 ドレッドノート以前の戦艦、というのは帆船時代の戦闘の主力「戦列艦」の思想を踏襲したもので、艦体の側面にいくつもの「副砲」を備えたものでした。ちなみに三笠は、30センチ主砲4門、15センチ副砲14門です。これはまだマシな方で、「中間砲」と呼ばれるものまで加えたため3種・4種の砲を積んだ戦艦も多々見受けられます。
 この時代、主砲の命中率はそれほど高いものではなく、遠距離砲撃戦で撃ち漏らした艦艇を接近してから副砲で攻撃、という戦術が一般的でした。性能の違う砲を装備していたため、艦橋の仕事は方位と距離といった諸元の観測と砲撃開始の号令が主であり、照準を定める等の砲撃に携わる多くの部分は砲手の技能に委ねられていました。いや、委ねていたがゆえに命中率が頭打ちになっていた、とするべきでしょう。

 そこで、ドレッドノートはひとつの設計思想の転換を行いました。当たり前だった副砲を廃し基本、砲の性能を統一(30センチ砲10門)させ、見晴らしの良い艦橋からすべての指示を出す方法に改めました。砲の性能が同じなため、着弾のズレの修正を読み替える必要もありません。これによりドレッドノートは遠距離における砲撃の命中率を大きく改善することに成功します。
 近づいてからが本番、としていたこれまでの戦艦に対し、遠距離から砲弾を当ててくるドレッドノートは、近づくことすらできない強力な戦艦となりました。
 ついでに、エンジンもこれまで以上に強力なもので従来艦より優速であったため、逃げたくても追いつかれるハメとなりました。

 この優位性に脅威した列強は、すぐさまこの思想を取り入れた新型艦の建造にとりかかりました。第一次世界大戦が始まる頃には各国でド級戦艦、超ド級艦が就役しており、ドレッドノート自身はすでに旧式に片足を突っ込んだ艦になってしまい、その名声とは裏腹に1920年には退役するという一面も附しておくべきでしょう。

 ドレッドノートが“スゴい”のは巨躯や重武装に限ったわけではありません。
設計思想を一変させ、戦術を根底から覆した事による強さ、それこそがド級本来のスゴさなのです。